エアコン必要になってきました

エアコンが必要なくらい暑くなってきました。基本的には、扇風機でなんとかしているのですが、扇風機で涼しくなれるかどうかは、気温にかかっています。気温がめちゃくちゃ高い場合、扇風機の風が身体に当たったとしても、全然涼しくないんですね。だから、10分~30分くらいエアコンをつけることにしています。ちょっと室温を下げるだけで、扇風機はかなり効果を発揮してくれますからね。エアコンはできるだけ付けすぎないように注意しています。2時間付けっぱなしにしているよりも、30分程度で消して、後は扇風機にお任せってやったほうが、多分電気代は安いでしょうから。電気メーターを見てみると、エアコンを使っているときは信じられないくらい早く回っているのがわかります。一方、扇風機の場合は、全然早くありません。だから、エアコンをつける時間は極力短めにし、扇風機を全力で使ったほうが良いという結論に至っています。実際に、去年の夏とかは、扇風機メインで生活していました。そのときの電気代は、3000円台に収まっていたと記憶しています。ちなみに一人暮らしでの電気代です。これなら、春や秋といった、エアコンを使わない時期とほとんど電気代は変わりありません。エアコンをいかに使わないかが、電気代節約のカギを握っていることは間違いないでしょうね。

ただ、エアコンをどうしても使わなくてはいけない局面があります。パソコンで動画を見ているときです。私が持っているパソコンで動画を見ると、パソコン本体がえらい熱くなってしまいます。それを放っておくと、私のパソコンは勝手に電源が落ちてしまうんですね。そんな自体にならないように、エアコンをつけて対処しているときがあります。動画を見ているときのみ、エアコンをつけているような感じです。でも、これって、今思えば、パソコン周りの温度だけ下げればいいわけなので、別にエアコンで室内全体を冷やす必要はないのでは?と思えてきました。具体的には、パソコン周りに冷却剤を置けば対処できるんじゃないかと思っています。注意点としては、冷却剤の水滴でしょうか。パソコンの上にダイレクトに冷却剤を置くのは絶対にまずいですから、適度に距離を置いて設置するのがいいかもしれないですね。実際どんな感じで設置したらいいのかはまだわからないので、ためしに、小さな保冷剤を使ってやってみることから始めてみるといいのかもしれません…とここまで書いて思いついたのですが、確か、パソコンを冷やすような装置が売っていたような気がします。それを使った解決できるのかもしれないですね。

できるだけ、他の人がやっていないことをしたいものですね

できるだけ、他の人がやっていないことを積極的に選ぶ。そういう姿勢が大切ですね。なぜなら、他の多くの人がやっていることをやったとしても、大きな差にはならないからです。大きな差をつけるなら、他の多くの人がやっていないことを見つけて、そこに時間を注ぎ込んだほうが効果的ということですね。

もうちょっと具体的に言うと、最初にちょっと面倒だと感じたものほど、やったほうがいいでしょう。かなり身近なものではありますが、あまり多くの人がやっていないことといえば、本を読むことです。本を読むのは、テレビや動画を見ることとは違い、こちらから積極的にアプローチをしないとできないことですね。だから、ちょっとめんどくさいんです。だからこそ、本は読んだほうが良いということです。読むだけで、動画でしか情報を収集していない人とは違う情報を得ることが可能になりますし、一冊の本というのは、知識が順序立てて書かれていることが多いです。テレビの場合、謎のコメンテーターの話とかが間に挟まれますし、CMもありますし、何より、スピードを変えられないというのが大きな欠点です。一方、本なら、自分次第でスピードは大きく上げることもできます。時間の節約という観点からも、文字を読むほうが良いということですね。

後、他の多くの人がやっていないことといえば、知識を実際の生活に活かすということもまた、大切です。知識を得ることで満足する人が多いので、その一歩先に進むということですね。何でもそうですが、一歩先に進む意識は大切です。他の人が5歩進んだところを、あなただけは6歩進んだとしたら、明らかに抜き出ることができますよね。そんな感覚です。だから、多くの人がやっていることをやるにしても、その一歩先まで常に目指すようにすることで、すべての面で、あなたは抜き出ることができるということです。

普段の会話の中で、ひとつ笑いの要素を入れるということでもいいでしょう。バラエティ番組がそこそこ視聴率が良いということは、世の中の多くの人は笑いを求めているということでもあります。ということは、あなたがその笑いをとる人になれば、あなたの視聴率、言い換えると、あなたの注目度が上がるということになるんですね。ここでもまた、一歩先んじていることがわかるでしょうか?面白いものを提供する側になるということです。こういうちょっとしたことを積み重ねると、あなたはいつの間にか、東京スカイツリー並な高さでもって、注目を持つことができるようになるかもしれませんね。

訳された本は若干読みにくい

英語で元々書かれた本を日本語に訳した本は、ちょっと読みにくいですね。どうしても、例で登場してくる人物名がカタカタばかりになっていますし、それ以外の単語のカタカナ率もそこそこ高めです。私はカタカナをスムーズに読むのがとても苦手なので、訳された本を読むのはちょっと大変ですね。これだったら、ちょっと時間はかかりますが、英語の本を読めるようにしたほうがいいんじゃないかとも思えてきました。読まなくていいなら読まないに越したことはないのですが、情報収集の観点から考えると、英語の本を読むというのは、私の場合必要なことになってきているというのは事実としてあります。それに、訳された本よりも、英語の本のほうがかなり安いというのもありますし。経済的にも、長期的な観点からすれば、英語の本が読めたほうがいいですし、そもそも英語の本を読んでいる人の数が少ないですから、やる価値はあるのでしょう。日本語の本にしたって、毎日読んでいる人というのはそれほど多くないでしょうし、英語の本ならなおさらでしょうから。よりやっている人が少ない方に進んだほうがいいですからね。ただ、英語の文章読むのは今のところかなり苦手ではありますから、相当の努力を必要とすることは間違いないでしょう。一応高校まで英語は習ったとはいえ、知らない単語がまだまだたくさんありますし、いちいち調べるという作業をする必要もあります。でも、そういう手間をしなくてはいけないからこそ、やる人が少ないということでもあります。手間が多いことほど、避ける人が多くなるので、逆にチャンスということですね。幸い、高校のときに買った電子辞書はまだ使うことができますから、これを再びうまく活用したいものです。そうじゃないと、電子辞書を使う機会なんてそうそうありませんからね。また使うことができるという事実はなかなかありがたいものです。

とは言っても、実際にどういう英語の本を読んだらいいのか?という疑問は残ります。とりあえず、私が関わっている分野で、かなり影響力のある人が書いた本から始めるのがいいでしょう。そういう人が書いた文章というのは、多くの場合、読みやすく書かれていますから。影響を与えるには、読みやすくないと無理ですからね。影響力とわかりやすさは、ほぼ比例していると、私自身は考えています。

何が違うのか見分ける

何が違うのか見分ける力というのは、何をするにしても大切なことです。最近では、私はデザインに興味を持ってきているので、良い感じのデザインがどうやって構成されているのかというのを、じっくりと観察して、わかった結果を実際に作るものに反映させています。

例えば、プロの方が作る文字のデザインを見てみると、影がついていたり、文字の枠がついていたり、枠の外にさらに枠がついていたり、文字の色にグラデーションがかかっていたり、一部分だけ光っているように見えるように塗っていたりすることがわかります。これらの要因をすべて文字のデザインに組み込むことで、いわゆるプロの出来栄えになるということですね。こういうことは、じっくりと観察することで初めてわかってきます。昔は、アマチュアの人が作るデザインとプロの人が作るデザインの違いというのが言語化できるレベルではわかっていなかったのですが、最近は少しずつわかってきたように感じます。あとは、カーブの線がすごくきれいに処理されているのも、プロの方が作るデザインの特徴ですね。たぶん、線をキレイにするには、有料のソフトが必要なのかもしれないと思いつつあります。私はGIMPというソフトを使ってデザインを作っているのですが、どうも曲線が荒い感じになってしまいます。これは単純に、私がうまく設定できていない可能性がありますから、正直なところ、有料のソフトを使って解決できるのかどうかというのはよくわかりません。でも、今のところ、解決には至っていないというのが正直なところです。

それでも、だいぶプロっぽい感じのデザインはできるようになってきたと感じています。あと、私がもっと詳しく知るべきことといえば、色使いでしょうか。明らかに、私が使う色とプロの方が使っている色には、違いがあるように感じます。パッと見て、すごく良い感じの色を使うことができるようになるには、色の知識が必要でしょう。私の記憶が正しければ、パソコンは1,000万色以上の色を表示することができるそうです。これだけ多い色の中から、適切な色を選ぶには、やはり知識が必要かなと思うんですよね。ということで、これから、色に関して詳しく書いてある本とか記事を見て、どういう風に選んだら、良い具合の色になるのかを学習していこうと思います。ここがうまくできるようになったら、フラットデザインとかにもかなり応用が効きますからね。楽しい学習になりそうです。

朝から暑い気がします

最近はもう、朝から暑い気がしますね。寝ているときに汗をそこそこかいているような感覚もありますし。考えてみると、7月半ばの時期にさしかかっているわけですから、当然かもしれません。毎年、この時期はすでに暑かったと記憶していますし。特に学校に通っていたときのことを思い出すと、その感覚は当たっているということがわかります。私の地域では、夏休みはだいたい7月20日くらいからはじまっていましたし、7月に入ることには、かなりプールの授業も多かったと記憶しています。プールに入るくらいですから、当然暖かい気温だったのでしょう。

しかし、年を重ねるごとに、暑さにもだいぶ慣れてきた感じがあります。子どもの頃は、クーラーが恋しくてたまらなかったものですが、今となっては、クーラーはあまり使いたくないくらいの気持ちです。なんだか、子どものときの方が暑さに弱かったのかもしれないですね。そこら辺の詳しいことはよくわかりませんが。

子どもの頃は、うちわとかで暑さをしのいでいた記憶があります。うちわにも色々種類がありますし、扇子を使ったりもしていましたね。今はうちわの代わりに扇風機を使う機会のほうが劇的に多いです。というか、うちわを全く使わなくなりました。

一発屋芸人は大変だと思います

一発屋芸人と呼ばれる人たちは大変だと思います。多くの場合、こういう風に呼ばれる人たちは、たまたま今の時代にあったお笑いができたという人が多いです。市場調査をした結果、世の中の多くの人はこういう雰囲気になっているから、こういう一発ギャグがあれば、たくさんの人に注目してもらえるようになるだろうというような感じでやっている人はほとんどいないのではないでしょうか。もしこういった事前調査ができている上で、ちゃんとギャグを考えられるなら、そういう人は絶対に一発では終わりません。安定的に笑いをとることができるのですから、仕事は安定的にやってくるはずです。でも、それができている一発屋さんがほとんどいないということは、そういうことなのでしょう。

何より、一発屋芸人さんが大変なのは、テレビに出まくっているときと、テレビに全然出れなくなったときのギャップでしょう。テレビに出まくっているときは、ギャラもまた多いのが事実です。ですが、そのギャラに合わせて生活スタイルを変えようとするものなら、それはそれで大変なことになります。後で、テレビに出れなくなって、ギャラが少なくなるのですから、そのギャップに苦しんでしまうんですね。一度高いところに行ってから、また低いところに行くという行動は、人間にとってはかなり抵抗がある行動らしいです。だから、その落差にやられないように、生活を調整していく必要もあります。

それでも、一発売れるということさえできない芸人さんのほうが多いと聞きます。だから、そういう意味では、まだまだ一発売れるほうがましなのかもしれません。一発有名になると、あとは色々な地方に行って営業をすることで、かなり良い感じで収入が得られるという話も聞いたことがありますし。要は、名前が売れたことをうまく活用できるかどうかにかかっているということなのかもしれませんね。そういう応用力がしっかりとあるかどうかで、こういった人たちの今後は決まってくるのかもしれません。

応用力があるかどうかという部分では、私達一般人にも共通するところがあるかもしれませんね。一見くっつけることができなさそうなアイデア2つを組み合わせることで、全く新しい商品が生まれるのと同様な感じがします。そういう意味では、こういった芸人さんから学べることも数多くあるのではないでしょうか。彼らは人を笑わせることが仕事なわけですからね。仕事をしているという意味では、同じ土俵に立っていることに変わりありませんから。

ときどき突き抜ける

同じようなことを繰り返していると、あるときふっと突き抜ける瞬間というのがやってきます。おそらくですが、知識と経験の地盤が固まったことによって、より高いところへ行くことができるようになったようなものでしょうか。この感覚は、建築物を例にとって考えてみるとわかりやすいと思います。

高い建物を建てるには、地盤がしっかりしていないといけないですよね。まさか、沼地の上に建物を建てようなんてことを思わないはずです。そうしたら、立てたそばから、たちまち沼にもっていかれてしまい、高い建築物など作ることは決してできません。こういった沼地のようなところに建物を建てること自体、ものすごく無謀だということがわかります。これと同じ感じで、知識と経験もでき上がっているような気がしています。最初の段階は、ごくごく低いものですが、知識と経験を蓄えることにより、ゆるゆるだった地盤が徐々に固まっていくといった具合です。固まった地盤の上ならば、建物を建てていくことは可能でしょう。そして、その建物をさらに高くするためには、また、知識と経験を注ぎ込む必要があるわけです。

こんな感じで、知識と経験という地盤が固まってこそ、さらなら高みへ行くことができる。それの繰り返しだということですね。どんな業界でも、いわゆる基礎練習と呼ばれるものが存在します。これはいわば、建築でいうところの基礎工事と呼ばれる部分ですね。基礎がしっかりしているからこそ、その上にさらに高いものを作り上げることができる。それだけの話です。

この話からわかることは、いきなり高いものを建てようとすると、その建物はかなり崩れやすいということです。実力が伴っていないのに注目されてしまった人物たちは、ことごとく、また、本来持っている高さまで戻ってしまうことと同じことです。いわゆる一発屋と呼ばれる人たちのことを言っています。彼らは安定的に良いものを作り出せる力がまだない可能性があるということですね。建物を例にして考えれば、これもまたかなりわかりやすいです。たまたま一枚のCDがミリオンセラーになったミュージシャンというのは割といますが、それ以降はパッとしないというのは、いわば、地盤がゆるゆるのところに大きな建物が建ってしまったことと同じ状況だということですね。せっかく注目してもらえる機会を与えてもらったのに、色々なところの技術がまだその域に達していないから、ボロがどんどん出てくる。その結果、次回作った曲が期待はずれということになってしまい、だんだんと姿を消していく。そんな感じです。

日々、同じようなことを繰り返す

日々、同じようなことを繰り返す。結局はこれしか、上達の道は内容に感じます。例えば、音楽。基礎練習というものを繰り返すことで、全体の表現が安定化していきます。ちゃんと出したい音を出すことができるようになってきます。ここにあるのは、毎日の反復練習です。こういうことが色々な業種、分野にも適応できるでしょう。

私が聞いた話だと、たしか、絵を描く人たちも基礎練習をしているということです。きれいに丸を描けるように手を動かしたり、線を引きたいところに引きたい間隔で引く練習をしている人がいるようですね。たしかにこういうことはとても大切なことだと感じます。だって、引きたいように線が描けないなら、脳内のイメージを現実の紙に落としこむときに、必ずずれが生じてしまうからです。こういう地味な練習を繰り返すことこそ、長期的には実はかなり効果的なんだということが身に染みてわかります。

でも、このことを別の視点から見ると、長期的にやろうと思っていないことは、別に基礎練習はしなくてもいいということでもあります。音楽の例で言うなら、「この一曲がギターで弾けるようになれればいい」ということならば、基礎練習なんてしていないで、その一曲をただひたすら練習したほうが早く結果が出ます。短期的に結果がほしいなら、その求める結果に向かって一直線に進め!ということですね。

目標が何なのかによって、基礎練習が必要な場合とそうでない場合があるということです。良く聞く話ですが、「基礎練習が大切だ」とやたらに言う人がいます。もちろん、それはある一面では正しいでしょう。具体的に言うと、長期的にその物事に取り組む場合ですね。でも、その言葉が正しくないときもあるという事実を彼らは知らないかもしれません。そう、短期的に結果を求めている場合ですね。そういうこともしっかりした上で、基礎練習が大切だという言葉を発している人は多くないと思っています。

まとめると、同じようなことを繰り返すということ、基礎練習を繰り返すということは、長い期間、同じ分野に取り組むなら必須です。これをしないと、出力が安定しませんからね。でも、ココ一発とか、これだけできればオッケーといった状況では、基礎練習などしている場合ではないということですね。そこら辺のバランスを考えることで、効果的に物事を進めることができるようになるでしょう。実際、私もそうしています。